SEOの歴史って?(その1)

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SEOの歴史

ホームページがどういった仕組みになっているのか知らない人でも、「SEO」という単語だけは知っている人、多いですね。

これも一重に一部のSEO業者が、しつこく皆さんのところへ電話営業をしてきたせいでしょうか(苦笑)

それはさておき。

今回の記事は、SEOの功罪ではなく、正しい理解のために、ちょっと歴史を紐解いてみましょう。

SEOの本質が見えてくるかもしれません。

 

 

SEOとは、Serch Engine Optimizationの略で、検索エンジン最適化と日本語では訳しています。

つまり、検索エンジンの仕組みを解析して、自分のホームページを狙ったキーワードで上位に表示させる手法です。

 

では、その検索エンジンは、いつごろ登場したのでしょうか?

細かい話は長くなるので割愛しますが、インターネットが一般的に商用利用され始めてからなので、1990年前後ですね。

様々な会社が検索エンジンの開発に挑戦しては消えていった歴史があります。

その検索エンジンの中でも、2つの大きな流れがありました。

 

検索エンジンには2つのタイプがある

・Googleを筆頭とした「ロボット型」と言われるもの。

・Yahoo!を筆頭とした「ディレクトリ型」と言われるもの。

 

この違いはというと、

ロボット型・・・ インターネットの世界にあるホームページを、自動プログラムが走り回り、勝手に情報を集めて整理していくもの。

ディレクトリ型・・・ 人間の手により、カテゴリーに分けて整理するもの。(完全ディレクトリ型は少なく、ロボット型と併用が一般的でした)

 

2000年前後の日本においては、Yahoo!Japanの影響は大変強く、多くの人がポータルサイト(一番最初に表示されるサイト)として登録していましたね。

そのため、Yahoo!の検索エンジンで上位に表示されることは、大変価値があったのです。

Yahoo!には「無料登録」と「有料登録」の2種類があり、多くの法人がこぞって有料登録し数万円~数十万円支払ったものです。(業種により価格が異なる)

ちなみに、いまも「ビジネスエクスプレス」という名前で存続していますが、ほとんど効果は無くなったので、情報弱者以外は敢えてお金を払ってまで登録する人はいないでしょう。

 

検索エンジンの覇権は誰の手に?

その後、ロボット型が主流になり、技術力で一日の長があるGoogleが検索市場で力を持ち始めたのです。

Yahoo!Japanも頑張ってロボット型検索エンジンの改良に努めたのですが、莫大な開発費に手を上げてしまい、独自でアルゴリズムを作り出すのを諦めたのです。

そして、Googleから検索エンジンの基本プログラムを提供して貰い、それを少しだけ変更して使うようになったのです。(ちなみにアメリカの本家Yahoo!においては、一旦は撤退したものの、その後独自の検索エンジン開発を再開しました)

その結果、検索結果を見ると、今ではYahoo!JapanとGoogleでは、ほぼ誤差と言えるほど同じ順位表示されるようになりました。

このことを逆に言えば、今まで検索エンジン対策をする際には、Yahoo!とGoogleそれぞれを研究する必要があったのですが、Google対策をすれば、自然とYahoo!対策にもなるという結果になったのです。

 

当時、Yahoo!Japanが検索エンジン開発を諦めて、Googleから提供して貰うとなった時、結構騒がれたものです。

なにせ、日本の検索エンジン市場の90%以上を占めることになったのですから!

昔から、「Google八分」という言葉があるのですが、聞いたことありますでしょうか?

「八分(はちぶ)」というのは、「村八分」の八分です。

つまりGoogleの基準により、検索から弾かれたサイトというのは、検索結果に出てこなくなるのです。

そうなると、インターネットの世界に存在しないも同じと言えます。

ある日、突然自分のサイトが直接URLを打ち込む以外には、全く表示されなくなるのですから、企業としてはたまったものではありません!

Googleに聞いてもちゃんとした理由は返ってこず、裁判まで発展したケースも少なくないとか。

まあ、Googleはお金を持っているので優秀な弁護士はいるし、いち民間企業の判断を国が口出しできる訳もなく、多くの企業が泣き寝入りとなったそうで。。(苦笑)

ある意味、「暴君」と言えるかもしれません。

 

次回の(その2)に続きます。

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